識名園(しきなえん) は、沖縄県那覇市真地に位置する、琉球王国時代を代表する庭園であり、琉球王家の別邸です。沖縄を代表する伝統庭園として高く評価され、「識名御殿(しちなぬうどぅん)」 とも呼ばれます。首里城の南側にあることから、「南苑」 と称されることもあります。
庭園の起源は 18世紀中頃 にさかのぼり、第二尚氏王朝第13代 尚穆王(在位 1752–1795) の時代に造営が始まり、1799年 の 尚温王 の時代に完成したと考えられています。建築や造園は、中国庭園の優雅さと沖縄の素朴な美意識を調和させた折衷様式で、独自の景観を形成しています。かつて識名園は、中国皇帝から派遣される 冊封使の接待所 として用いられ、同時に琉球王族の 遊覧・宴会・観賞 の場でもありました。
設計は 回遊式庭園 を基本とし、中央に大きな池を配し、池には 石造のアーチ橋 と小島が設けられています。岸辺には遊歩道と植栽が巡らされ、歩みとともに多様な景観を楽しめる構成です。主建物の 識名御殿 は木造瓦葺きで、柔らかな曲線を持ち、沖縄特有の赤瓦 と 中国風の格子窓 を組み合わせた意匠が、当時の琉球の国際的文化融合をよく示しています。
園内には 勧耕台 と呼ばれる展望台もあります。海は望めないものの、「海を見ずとも天下を統べ見る」 という比喩的意味を込め、琉球国の大きな気概を象徴すると伝えられます。
第二次世界大戦 で識名園は 沖縄戦 によりほぼ全壊しました。戦後は長期の復旧が進められ、1975年から1995年 にかけて本格的な復元が行われました。現在の建物や景観は、史料や遺構に基づいて 忠実に復元 されたもので、18世紀末の琉球庭園の姿を今に伝えています。
識名園は 1941年 に 国の名勝 に初指定され、戦後の 1976年 に再指定、2000年 には 国の特別名勝 に指定されました。同年、首里城 や 玉陵 とともに 「琉球王国のグスク及び関連遺産群」 として ユネスコ世界文化遺産 に登録されています。
また、園内の 育徳泉 は自然湧水で、極めて稀少な淡水性紅藻 シマチスジノリ が生育しており、国の天然記念物 に指定されています。
毎年 11月3日(文化の日) には 「識名園歌会」 が催され、短歌 愛好家が集い、詠歌と創作を楽しみます。さらに 11月第4日曜日 には、地域コミュニティや教育機関の共催による 「識名園友遊会」 が開催され、伝統舞踊や音楽が披露され、那覇の文化が紹介されます。
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