熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ) は、和歌山県田辺市本宮町にある日本有数の霊場であり、熊野速玉大社、熊野那智大社 とともに「熊野三山」を構成します。古来より、現世から神の領域へと通じる「再生の地」として崇められてきました。主祭神は 家都美御子大神(けつみみこのおおかみ) であり、太陽・水・再生の神格を併せ持つとされています。
創建は 崇神天皇65年(紀元前3世紀頃) と伝えられ、当初は熊野川の中洲、現在の「大斎原(おおゆのはら)」に鎮座していました。当時は上四社・中四社・下四社の計十二社から成り、壮麗を極めていました。平安時代になると熊野信仰が隆盛し、鳥羽上皇、後白河法皇、後鳥羽上皇 など皇族や貴族が幾度も参詣し、「蟻の熊野詣」と称されるほど多くの参拝者が訪れました。
しかし、明治22年(1889年) の十津川大洪水により多くの社殿が流失し、上四社のみが残され現在地に遷座しました。旧社地の大斎原には今も二つの石祠が残り、その入口には高さ 33.9メートル、幅 42メートル の大鳥居がそびえ立ち、神域への門として熊野信仰の「再生の象徴」となっています。
現存する本殿は江戸時代の再建で、入母屋造・銅板葺 の簡素ながら荘厳な建築であり、1995年に国の重要文化財 に指定されました。社殿には 熊野牟須美大神、速玉之男神、家都美御子大神、天照大神 の四柱を祀り、自然の生成と魂の浄化を象徴しています。これらの神々は仏教の 千手観音、薬師如来、阿弥陀如来、十一面観音 に対応し、神仏習合の信仰が色濃く残っています。
熊野信仰を象徴する存在として有名なのが「八咫烏(やたがらす)」です。三本足の黒い鳥で、太陽の化身かつ神武天皇を導いた神鳥とされます。その三本の足は「天・地・人」の調和を表し、導きと勝利の象徴でもあります。現在、日本サッカー協会(JFA) のエンブレムにも八咫烏が描かれており、多くの選手やファンが必勝祈願に訪れます。
熊野本宮大社の周囲は深い森と清流に包まれ、朝霧とともに神秘的な静寂が漂います。大斎原への石畳を歩けば、千年の巡礼者の足音が聞こえてくるようであり、「再生の道」こそが熊野信仰の根幹であると感じられます。
記事
写真
現在、関連する画像はありません